手奇塾のブログ

大人も知らない各社歴史・公民教科書の違いをわかりやすく徹底比較します。

自由社VS山川 第2回 大和朝廷と古墳

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自由社/山川日本史 徹底比較第2回大和朝廷と古墳

大日本史入試問題の回答がそのまま記述されている中学歴史教科書の自由社

華夷秩序、柵封体制の説明がない高校山川日本史B

前方後円墳は、大和朝廷の形式の古墳

前方後円墳の数は、近畿よりも圧倒的に関東地方に多い。

自由社VS学び舎 8. 満州事変(4)

 前回述べましたように、1939年の時点で満洲国は、ドイツ、イタリア、スペイン、
バチカンなど約20か国から承認されていました。

当時の国際連盟の勧告に対する批判に次のようなものがあります。これは日本人ではなく米国人の反応です。

 「蒋介石政権が、満洲の独立宣言によって何ら被害を受けていないのであれば、彼らには、国際連盟や米国に訴える権利はない。満洲の統治者は、常に満洲人であり、支邦から独立していたのである。」

これは、平成28年8月に発売されました、「満洲国建国は正当である」という本の1節です。原書は、今から81年前にアメリカ人、ジョージ・ブロンソン・リーという方が、お書になった本です。日本史研究家で、満洲奉天市でお生まれになった義重丈夫氏が、日本語訳出版を企画、編集されました。

 この本の著者、ジョージ・ブロンソン・リーは、極東に住んでかれこれ30年以上になり、その間、孫文の顧問、袁世凱の顧問、満洲国の顧問、そしてリットン調査団の調査に立ち会いました。

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彼は、エンジニアとしてまた、また上海で月刊誌を立ち上げ編集者として支邦一帯の鉄道敷設をめぐる国際間の駆け引きに詳しかったと自ら述べています。

そして、1937年の盧溝橋事件より前に、すでにヨーロッパーでは日米戦争が噂になっていて、各国は結果を予測し、外交と経済政策を立てていると書いています。 

しかし、当時国際連盟は、満州の領土主権は、支那の国民政府(蒋介石軍閥)にあると判断しました。皇帝退位の時かわした退位協定があるのもかかわらず、法的にも一般常識にも反した判断でした。そのためこれ以降日本も満州国も、満州の紛糾を国際連盟に付託することはできなくなってしまいました。この意味するところは、満州の管理は、日本ではなく国際連盟、すなわち英米主導で行うということです。日本が連盟脱退を決断したのも理由があることでした。

現在中国政府が、日本は侵略をしたといいますが、満州国を侵略したのは明らかに彼らの方です。それを永久に隠すために、日本が侵略をしたといい続けているように見えます。満州だけではありません。内モンゴルウイグルチベット南シナ海など。

追記:

三田村武夫氏『戦争と共産主義』。三田村氏は、戦前、警察行政全般を管轄する内務省警保局や特高警察でも勤務し、共産主義者の謀略活動の実態を追及した経験がある人物です(現在、その復刻版をKindle(キンドル)で読むことができます)。

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自由社VS学び舎 8.満州事変(3)

 プロテスタントの宣教師達や米国顧問団、米国広告会社が裏で動いていました。日本とJPモルガン商会との南満鉄外債起債交渉は、つぶされてしまいます。これにコミンテルン反日運動が重なります。蒋介石と対立していた張学良も蒋介石に近づきます。いつまでも対立しているといつソ連に排除されるかわかりません。満州の安全保障がいよいよ脅かされる状況になってきました。日本も同じです。関東軍は張学良に不信感を抱きます。

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 昭和6年(1931年)関東軍は、満州の現状を一気に改善しようと張学良の軍隊を追い払います。張学良の軍は15万とも20万ともいわれていましたが各地に分散していましたので、動きの速い関東軍と朝鮮から越境した日本軍応援部隊、わずか1万4千に各個撃破されてしまいます。これをよろこんだのは満州人です。学び舎の教科書ではわかりません。

 

満洲国は、満洲語を話す民族300万人が、長親子の軍閥支配から独立して建国した国です。もちろん日本が後押しをしました。しかし、日本は、満洲人300万人を最後まで裏切ることはありませんでした。自由社230ページの側注にあるように、「1939年の時点で満洲国は、ドイツ、イタリア、スペイン、バチカンなど約20か国から承認されていた。」のです。蒋介石は、一度も満洲に足を踏み入れたことはなく、言葉も通じなかったのです。

 満洲を支配する張学良の軍隊が消滅して、その支配権は、300万人の満洲人に戻り、清朝の最後の皇帝溥儀を元首に、故郷で独立宣言したにすぎません。

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 清朝から独立した孫文漢民族はよくて、満洲人は独立してはいけないのでしょうか? 今では満州語を話す人は、一人もいなくなってしまったと、いわれます。ひどいしうちをしたものです。

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ウイグルでも小学校からは北京語を強制されているそうです。満州のようになってしまうのか、今世界中がこれを注視しています。

続く