手奇塾のブログ

大人も知らない各社歴史・公民教科書の違いをわかりやすく徹底比較します。

「最門司さくらの憂国日記」日本の敗戦とGHQによるキャンセル・カルチャー

皆さんは信じられないかもしれませんが、アメリカの共和党を支持する保守の人たちは、今アメリカが、社会主義が主流になっているといっています。例えば、元国連大使のニッキヘイリーさんもツイッターで、2020年は、アメリカで社会主義が主流になった年でしたとおっしゃっています。トランプ前大統領も同じようなことをおっしゃっています。米国で主に左派が行っている、キャンセルカルチャーを国際政治学者の藤井厳喜先生は、粛清文化と訳されています。人種差別の象徴だとして、歴史的な人物像を引き倒したり、歴史、文化、伝統、慣習などをキャンセル、つまり否定粛清して、自分たちにとって都合の良い別のものに置き換える政治運動です。例えば、アメリカの建国は1776年の独立戦争によるものではなく、真の建国は、最初の黒人奴隷がバージニア植民地に連れてこられた1619年8月であるという教育をしているところもあるそうです。つまり歴史を書き変えて、それを学校で教えるわけです。もちろんトランプ大統領はこのような教育をする州には補助金を出しませんと明言したほどです。かつてのように武力で革命を起こして社会を変えるのではなく、平和、人権、ジェンダー、人種差別反対など、反対しにくいポリテイカルコレクトネスを叫び、アメリカの歴史、伝統、文化を少しづつ変えてゆくという方法に方針を変えたため、アメリカの学生は、社会主義共産主義に拒否反応を示さなくなっていると言われています。Black Lives Matter運動の創設者の2人のように、堂々と自分は訓練を受けた共産主義者だと名乗る人たちも現れるようになりました。しかし、こどもの教育環境は親にとって大切なことですから、マリファナを合法化するような、行き過ぎた政策をする民主党優勢の都市から、保守的な地域に、移住する世帯が増えているとも言われています。最近BLM運動の指導者が豪邸を4つも購入したというニューヨークポストのニュースが流れましたが、なぜかフェイスブックは、このニュースをプライバシーと個人情報のポリシー違反として拡散しないようにしてしまいました。ハンターバイデンの醜聞と同じです。

実は、日本は、すでに76年も前に、連合国軍総司令部GHQによって、強制的にキャンセル・カルチャーをされてしまったといえるのではないでしょうか。大東亜戦争に敗れ、連合国に占領されていた6年と8か月の間に、それまでの憲法、教育、歴史、伝統、慣習などがことごとく粛清、キャンセルされてしまったのです。もちろんこれは原爆投下同様、国際法違反でしたが、アメリカはそんなことなど全く意に介しませんでした。それほど当時アメリカは、日本を恐れていたともいえます。日清・日露戦争に勝利した、石炭の時代には、実際地球上で最強の国家の時もありました。敗戦により、連合国に占領されましたが、実質は、アメリカによる占領統治でした。1945年9月2日、東京湾上の米戦艦ミズーリ号で、日本と連合国との降伏調印式が行われて、アメリカは、日本の力を恐れ、二度とアメリカに歯向かわないように、戦前の日本を壊し、作り直すことにしたのです。当初GHQの中には、ソ連のスパイや共産主義者が多くいましたので、占領の前半の時期は、社会主義的な政策が実行されたり、革命を起こしやすいように、国内の内部対立が作られたりしました。例えば、東京裁判で、責任者をおよそあり得ない事後法で裁き、日本を侵略国とし、南京大虐殺の罪をきせ、神道命令により国家の保護を禁止し、教科書が書き換えられました。さらに憲法が変更させられ、労働組合在日朝鮮人との対立など、日本国の名誉を傷つけ、潜在的な国力をそぎ落とし、日本人の精神性を弱める政策が実行されました。まさにこの時、GHQは、日本国をキャンセルカルチャーしたのです。教育の分野では、GHQ占領政策で設立された、日教組など教職員組合や、日本学術会議などは、日本をキャンセルする活動を現在でも続けています。当時、教師や学者は、戦争協力者としてGHQにより公職を追放され、空いた席に共産主義者たちが入り込んだためです。それからあとは、彼らの既得権益となり、現在まで続いているわけです。GHQは、日本の強さの一つが、教育にあることを見抜き、教育制度や教科書を徹底的に変えさせました。その結果、学校では日本は侵略をした悪い国だったという教育を今でもしています。歴史や公民の教科書も同じく、戦前の日本を悪く描き、日本建国の歴史を教えず、単に神話として片付けてしまいます。日本は世界で一番長い歴史を持っている国とは決して教えません。これは、教科書の中身は、GHQが当時作成した教科書のままだからです。戦後教育を受けた学生は、法曹界、学界、マスコミ、官僚をめざして立法、司法、行政、マスコミという国家の中枢で、戦後教育の成果を現在も発揮しているように見えます。かつての大日本帝国の誇りなどみじんもないのでしょう。ですから日本を貶めたり、平気でご皇室を侮辱できるのでしょう。日清日露戦争のころの日本人が見たら腰をぬかすかもしれません。 

安倍前首相は、一度アメリカによってキャンセルされたわが国の歴史、伝統、文化、教育、憲法などなど、もう一度取り戻すことを望んで、いくつかを実行したということができるでしょう。教育基本法改正もその一つです。しかし、この安倍首相の復古活動に反対する勢力が、世論を誘導するマスコミを含めて、激しく反対したことは記憶に新しいことです。第2条5項の「 伝統と文化を尊重し,それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに,他国を尊重し,

国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」という部分も、国を愛する心ではなく、国を愛する態度に替えられてしまいました。しかし、ようやく令和になって、憲法改正をはじめ、GHQによってキャンセルされてしまったわが国の歴史、伝統、文化を取り戻そうとする動きが次第に強まっているようです。GHQがつくった日本学術会議を民営化して改革しようという動きもあります。アメリカでも今同じように、行き過ぎたキャンセルカルチャー、行き過ぎたグローバリズムやリベラリスム、行き過ぎた多様性などに反対する動きが起こっているようです。言論を封殺したツイッターフェイスブックフェイクニュースを流すCNNなどを保守系のメデイアが非難をし、その視聴率が上がっているそうです。このような行き過ぎたグローバリズムリベラリズムに対する抵抗運動が、わが国を含めて世界的に広がればと願わずにはいられません。

古代ローマ人という言い方があります。ですから古代縄文人や古代弥生人という言い方もできるでしょう。もちろん両者合わせて古代日本人という言い方も可能でしょう。

ところで、わが国の歴史教科書は、どこまでが古代で、どこから中世になるのでしょうか。みなさんわかりますか? これはいろいろな説があるようで、答えは見つかりません。時代区分の仕方はいろいろあるのでしょう。これは東京書籍の年表です。なんと紀元元年から1232年御成敗式目のところまで黄緑色の古代になっています。東京書籍は、弥生時代から鎌倉時代中頃までが古代です。しかし、ヨロッパも中国大陸の歴史も古代は、日本の縄文時代辺りから始まり、年表のように476年西ローマ帝国が滅びる、ここまでが古代になっています。日本よりも千年以上早く始まり、716年早く古代が終わり、中世が始まります。中世の終わりは、日本もヨーロッパ、中国も同じように見えます。なぜ古代の始まりと古代の終わりだけが西洋とにほんとでは大きく違っているのでしょう。つまり日本の古代だけが長く、外国の古代は、始まりが日本よりもはやく、そして終わりも早いのです。おそらく学校では、なぜ西洋史と日本史とでは古代の終わり、つまり中世のはじまりが700年ほどちがっているのか教えてもらえないでしょう。歴史学者で答えられるひとはいないかもしれません。と言いますのは、ある外国人から、飛鳥時代法隆寺は、なぜ古代の建築物なのか、中世の建物ではないのかとたずねられ、ある歴史研究者は、応えに窮したそうです。育鵬社は、日本の古代の始まりは東京書籍と同じで、弥生時代で、終わりは少し早く鎌倉時代には入っていません。平安時代の終わりが古代の終わりです。教科書によって古代の終わりには、少しだけ違いがあります。自由社も古代の終わりは、年表のよう東京書籍や育鵬社とそれほど変わりがありません。ところが自由社は他社と違って、古代のはじまりがほぼ西洋と同じなのです。自由社は、本文の記述の中で、古代までの日本は、約20万年前のアフリカでの「ホモサピエンス(知恵のあるヒト)の誕生から11世紀末の摂関政治の終わりころまで、とても長いね。と記述しています。古代の始まりを他社の教科書とおなじにせず、西洋の古代の始まりと同じにすると、文科省の検定でクレームがつくかもしれません。

ネットで検索するといい加減な答えも見えます。たとえば古代は、奈良時代から平安時代の終わりまでとか、平気で書いてあります。このような説では古代の前は何と言っているのでしょうか。はい、原始時代です。旧石器時代縄文時代弥生時代古墳時代はみな原始時代です。笑えるでしょう。縄文、弥生、そして古墳時代の日本人はみな原始人扱いです。ネットで調べることはとても便利でお手軽ですが、ウソの情報もウイキペデイアなどにかかれていますから注意が必要です。よだんですが、論文にウイキを引用すると信用を無くしてしまいます。

 先ほどお話ししましたように、自由社の教科書の年表を見る限り、日本も西洋も古代の始まりは同じように見えます。しかし、自由社以外の教科書は、はなぜ古代の終わりが、西洋や中国大陸は早く、日本は平安時代末期、あるいは東京書籍のように鎌倉時代に入ってから終わるのでしょうか。

高校山川詳説日本史Bや東京書籍のように、生徒の皆さんに縄文時代の始まりを遅く教えたい教科書があるように、日本の古代の始まりをできるだけ遅くして、旧石器時代や、縄文時代を遅れた、原始的な野蛮人としていきたいのでしょうか。中国大陸の優れた文化は、朝鮮半島経由で弥生時代に日本列島に伝わって、やっと原始人から古代人になったと言いたいのでしょうか。朝鮮半島よりもはるか昔にすでに日本列島には優れた縄文文明が存在したと認めたくないのかもしれません。先ほど紹介した古代の始まりは奈良時代からというのもそうでしょう。ひどい話です。これは東進予備校の歴史データーベースで、まるイチ、大学受験レベルで必須とされる出来事はすべて網羅と、書かれています。しかし、ここにはなぜか縄文時代がありません。弥生時代から始まっています。大学受験には原始時代の縄文文明は不必要ということで切って捨てているのでしょうか。これも先ほどの古代の始まりが奈良時代というのと同じでひどい話です。これは、東京大学の日本史過去問の一覧です。確かに縄文時代に関する設問は一つもありません。弥生時代が1問あるだけです。では今後絶対に縄文時代の設問がないのでしょうか。おおだいやまもといち遺跡や山内丸山遺跡の発掘調査により、縄文時代の今までの常識がことごとく覆されてしまいました。大平山元Ⅰ遺跡からは、今から1万6500年前の世界最古のどきの破片が出土しています。そもそも日本の歴史を学ぶ上で、入試問題にでないから縄文時代を、学ばなくてもよいという態度でよいのでしょうか。今後入試設問に縄文時代が出ない保証など一つもありません。さきほどの自由社の記述の部分に、文科省が、生徒にとって理解しがたい表現であるとクレームを付けたそうです。古代までの日本は、約20万年前のアフリカでの「ホモサピエンス(知恵のあるヒト)の誕生から11世紀末の摂関政治の終わりころまで、とても長いね。このアフリカにおけるホモ・サピエンス誕生と日本の古代史とを結ぶ意味が理解しがたい表現であるという。自由社は、文科省に対し、長すぎる古代は、学習指導要領の責任である、学習指導要領に、「古代までの日本」と書かれているから仕方なくそれに合わせて教科書を作っているだけだと反論したそうです。

皆さんはどうですか、理解しがたいですか。どうやら文科省の調査官の本音も、西洋よりも日本の古代の始まりと終わりを遅くして、縄文時代は原始時代だった、そしてすぐれた大陸の文明は、朝鮮半島を経由して弥生時代に日本列島に伝わったとしたいのかもしれません。そうそんなストーリーは誰も信じません。


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